人が育ち、人が動かす会社へ――社員を真ん中に据えた経営株式会社東名通商は、神奈川県内に4つの塗装工場を構え、各種金属品の塗装や塗料販売を手がける会社です。品物の大きさや数量、用途に応じて最適なラインを使い分け、幅広い顧客ニーズに応えています。そんな同社の原動力は「人」。社員一人ひとりの力です。組織をどう動かすかではなく、「どうすれば社員が気持ちよく働き、生活を良くできるか」を真剣に考える経営スタイルが根底にあります。(※代表取締役 吉野氏)「経営」と「現場」の両輪がしっかり回れば、会社はブレない私はもともと28年間、市役所に勤務していました。東名通商に入ったのは2017年、50歳のときで、創業者である父が高齢になり、「そろそろ会社をたたもうか」と考え始めた頃でした。父の言葉を聞いて思ったのは、「この会社がなかったら、自分の人生はまったく違っていたな」ということ。子どもの頃から、東名通商が自分の生活を守ってくれていることを肌で感じていたので、社員の生活も含め、会社を何としても残したいと思いました。代表が変われば会社も変わりますから、私は、「会社を継いだ」という感覚を持ったことがありません。組織として新たなスタートを切る意味で、社名も「有限会社東名通商」から「株式会社東名通商」に変更しました。当社を支えてきたのは社員の一人ひとりです。経験も技術も知識も、現場の方が圧倒的に豊富なので、私は現場に一切口出しをしません。経営と現場、それぞれの車輪が安定して回り続ければ、車体、つまり会社はブレずに前へ進むと信じています。「会社を守る」のではなく「人を守る」私の考え方はシンプルです。会社は社員のためにあるべきで、会社のために社員があるのではないと捉えています。もちろん法人という組織が成り立つには、経営的な視点も必要ですが、それは目的ではなく、あくまでも手段です。世間では「会社を守るのが経営者の役割だ」とよく言われますが、私は「社員を守るために会社がある」というのが自然な考え方だとも思っています。そういう会社なので、会社に残すお金は最低限にして、利益を極力社員に還元しています。昇給・昇格の基準日は設けていますが、実際には目安程度でしかありません。社員の頑張りが見えたときや、会社の業績が伸びたときは、基準日に関係なく給与を上げるようにしています。月によっては、社員の3人に1人が昇給・昇格することもあります。こうした評価も現場の中で自然と決まっていく形にしているので、社長はあくまで最終決定をするだけ。基本的には社員が社員を評価します。だからこそ、「あの人が頑張っているから自分も負けてられない」とお互いが高め合えるのだと思います。(※社員の後村氏)給料額2倍――3年計画の本気2024年、私たちは「現行の給料額の2倍」を目指す3年計画をスタートさせました。まず、人件費の予算をすべて社員に公開し、そのうえで、「この範囲内なら、自分たちでどう給料を配分してもいい」と伝えています。最終決定こそ私が行いますが、基本的には現場の判断を尊重しています。給料を上げるには、それに見合った価格交渉が必要になります。取引先に交渉を進めた結果、ありがたいことに100社以上から了承をいただきました。この経験を通じて感じたのは、多くの中小企業が「本当は単価を上げたい」と思っていることです。しかし取引先が離れることを恐れて踏み切れない。結果として、現状を変えられずに苦しみ続けている企業も多々あるでしょう。社員にもっと良い給料を出したい。そんな思いから始まった給料2倍計画ですが、取引先に正直にお伝えしてご理解を得ることで、中小企業全体が未来を打開していくための波をつくれたら嬉しいです。現時点では、今年中に2倍に“近づく”社員も出てくる見込みです。ただ、実際に“達成”するには、他の社員が「あの人なら当然」と納得できるような仕事ぶりや人間性が必要ですから、それだけに簡単なことではありません。私は60歳になる2年後に代表を退くつもりで、それがこの取り組みのタイムリミットです。あと2年、達成できると信じています。働く環境を整える新工場プロジェクトも始動今、新しい工場を建設する準備を進めています。冷暖房を完備して、一年中快適に仕事ができる環境を整える予定です。例えば、サンダーで削った後、塗り手がガンで粉を吹き飛ばす作業がありますが、その粉が工場中に舞い、外気が入ってくるとさらにひどくなり、作業着も顔も粉だらけになることさえあります。新工場では、塗り手の背後から一定方向に風を送り、粉塵が飛び散らないようにします。これによって、作業者の装備も軽く済みますし、なにより作業そのものが現在よりずっと快適になります。塗装業は体力勝負で、決して楽な仕事ではありません。だからこそ、社員が誇りを持って働けるように、そして若い世代が少しでも、「ここで働きたい」と感じられるように。環境をつくっていくことが経営者としての役割だと思っています。未来は誰にもわからない。だから、今できることを中小企業にとっては、「理想」を掲げるよりも、「現実」を直視することのほうが重要だと私は考えています。まず、今できることを積み重ね、無理のない理想を、現実を直視しつつ掲げる。そうすることで、社員と経営層の向かおうとするベクトルがそろいます。この先、どんな未来が待っているかなど誰にもわかりません。だから私たちは、長期的なビジョンをあえて持たず、「今、社員の給料をどう上げるか」に集中しています。私は本来、会社を守ってきた社員が代表になるべきであって、私のような者は代表であるべきではないという意識を持っています。実際、私の理想は、社員が「自分たちだけでやっていける」と言う自信に満ちた日が来たら、私はいつでも代表を退くつもりでいます。給料2倍をはじめとする取り組みの中で、社員の意識はどんどん変わっています。私が60歳になるまでに、次の社員にバトンを渡せたら本望です。【企業情報】株式会社東名通商代表取締役:吉野 一春本社住所:〒243-0303 神奈川県愛甲郡愛川町中津6769-1TEL:046-205-0811HP:https://toumei.a.bsj.jp/設立:1973年